市指定文化財
木造菩薩立像
もくぞうぼさつりゅうぞう
- 区分
- 有形文化財
- 種別
- 彫刻
- 数量
- 2躯
- 所有者
- 大津八幡神社
- 指定年月日
- 昭和59年3月31日
- 指定番号
- 5
- 説明
-
現在は、大津八幡神社薬師堂に安置され、薬師如来像の両脇付として、日光・月光菩薩像を伝えられているので、この名称に従っておく。
日光菩薩立像は、左手を屈臂して掌を正面に向け、第三指・第四指を捻じ、右手は垂下して同じく第三指・第四指を捻ず。月光菩薩は、日光菩薩と同じく左手を屈臂、第三指・第四指を捻じているが、右手の垂下した手は五指とも伸ばす。両尊ともわずかに腰を左にひねり、右脚を遊ばせて立つ。像高は日光菩薩像57.0cm月光菩薩58.2cmで少し違うのは月光菩薩の宝髻が高いからで姿勢・様式とも全く同じといってよい。
一木彫成像で、修理される前はかなり拙劣な彩色が施されていたというが、現在は美しい木地をあらわす。両腕の部分も本体と共木で、両肩から垂れる天衣も間を刳り抜くという徹底した一木造の技法をとっている。白毫は水晶を陥入した穴だけを残し、両手には臂釧・腕釧を彫出する(月光菩薩は臂釧はなくなり、腕釧はわずかに跡をのこす)。日光・月光菩薩とも同じような相好であるがしいていえば日光は引締り、月光は豊頬である。どちらも、穏やかな姿態をもち、条帛・天衣・衣文の線などの手法は流麗である。おそらく、古様を残す平安時代後期の作と考えられ、小像ながら貴重な文化遺産というべきであろう。
なお、日光菩薩は、左腕より先、右手首より先、両足先及び台座が後補、月光菩薩もほぼ同様の箇所が後補となっているが、台座の仰蓮部のみが古い。日光菩薩の左腰のあたり及び背部には、火中したらしく焼焦げた跡がみられる。
また月光菩薩は、頭部・体躯とも(とくに左側)虫害というよりも雨漏りの害をうけたものではないかと思われる程傷みが甚しい。
薬師如来の両脇侍としての日光・月光菩薩像は、ほとんど例外なく左右対称の形をとっている。したがって、この同形の日光・月光菩薩像は、同一の薬師如来の脇侍として製作されたものではないといいうるであろう。赤穂市史では、日光菩薩は後世の作で、月光菩薩の写ではないかとしている。もしそうであったとしても、両尊の製作にそれ程の年代差があるとも考えられない。また、一応現在のように日光・月光菩薩を区別しているが、名称を逆にしても不自然ではなく、観音とか他の菩薩にあてはめることも可能である。いずれにせよ、大津八幡神社や薬師堂の由緒からもう少し明確に判明しないかぎり、両菩薩のもつ歴史的背景も推測しようもない。
(上記は指定時の文章です)